大判例

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浦和地方裁判所 平成4年(ワ)747号 判決

原告

木村又蔵

村上順一

右両名訴訟代理人弁護士

小出重義

大澤一司

大倉浩

被告

三室建設株式会社

右代表者代表取締役

三室昭久

三室昭久

右両名訴訟代理人弁護士

福田拓

被告

村松建設工業株式会社

右代表者代表取締役

村松英明

右訴訟代理人弁護士

石川博光

平手啓一

外山太士

石川博康

主文

一  被告らは、連帯して、原告木村又蔵に対し一三三〇万円、原告村上順一に対し八二七万四〇〇〇円及び右各金員に対する平成二年一〇月三一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告木村又蔵の被告らとの間においては、同原告に生じた費用の五分の二を被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告村上順一と被告らとの間においては、同原告に生じた費用の五分の二を被告らの負担とし、その余は各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告木村又蔵に対し三四四九万円、原告村上順一に対し二三〇四万円及び右各金員に対する平成二年七月三一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告三室建設株式会社及び被告三室昭久の答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

三  請求の趣旨に対する被告村松建設工業株式会社の答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告木村又蔵(以下「原告木村」という。)は、大宮市三橋一丁目二五二番地の土地及び同土地上の建物を所有して同建物に居住し、原告村上順一(以下「原告村上」という。)は、同市三橋一丁目二五一番地三の土地及び同土地上の建物を所有して同建物に居住している。

(二) 被告村松建設工業株式会社(以下「被告村松建設工業」という。)は、日本阿部総合企画株式会社(以下「訴外会社」という。)から、その所有し、かつ、原告らが所有する前記各土地(以下「原告ら土地」という。)に隣接する同市三橋一丁目二五三番地及び二五四番地の各土地(以下「本件土地」という。)の宅地造成を請け負った。

(三) 被告三室建設株式会社(以下「被告三室建設という。)は、被告村松建設工業から、本件土地における給排水等土木工事を請け負った。

2  工事の実施

被告三室建設は、平成二年七月三一日、本件土地にパワーショベルを持ち込んで水抜き用の穴堀り工事を開始し、遅くとも同年一〇月四日からは、本格的に水抜き工事を強行し、本件土地の地下水を大量にくみ上げた(以下「水抜き工事」という。)。

3  被害の発生

水抜き工事の開始後、原告らが所有する前記各建物(以下「原告ら建物」という。)の傾斜、ゆがみ、ひび割れ等の深刻な被害(以下「本件被害」という。)が生じた。

4  因果関係

本件土地一帯は、いわゆる「マコモ層」と呼ばれる水分を大量に含んだ超軟弱地盤が広がる地域であり、深さ一メートル程度堀っただけで水が出てくる箇所もあるところ、水抜き工事が実施されたため、原告ら土地の水分が流出し、その結果、地盤が大幅に沈下して本件被害が生じた。

5  被告三室建設の責任原因

(一) 民法七〇九条(一般不法行為責任)

(1) 本件土地一帯が超軟弱地盤であることは、付近住民では知らぬ者はいない。被告三室建設は、公共下水道工事に大宮市及び県南水道企業団の指定業者であることから、本件土地一帯が超軟弱地盤であり、土の中の水を抜くことにより、地下水位が低下し、地盤が沈下してしまうおそれのあることは、十分に知っていた。

(2) 訴外会社は、当初、本件土地上に六階建てのマンションを建設する計画を立てたところ、超軟弱地盤を理由とする付近住民の反対があったため、計画を変更し、一戸建て住宅九戸を建設することとなったが、被告らは、この経緯を知っていた。

(3) 原告らを含む付近住民は、被告三室建設に対し、平成二年九月八日、訴外会社及び被告村松建設工業との間で、本件土地において工事を開始する際には、付近住民に事前に工事の内容を説明し、付近の家屋調査をする約束になっていることを告げた。

(4) 被告三室建設は、建築基準法九〇条並びに建築基準法施行令一三六条の三第三項及び第四項に基づき、建築工事等において建築物その他の工作物に近接して根切り工事その他土地の掘削を行う場合においては、当該工作物の基礎又は地盤を補強して構造耐力の低下を防止し、急激な排水を避ける等その傾斜又は倒壊による危害の発生を防止するための措置を講じなければならず、建築工事等において深さ1.5メートル以上の根切り工事を行う場合においては、地盤が崩壊するおそれがないとき及び周辺の状況により危害防止上支障がないときを除き、山留めを設けなければならない。

(5) 被告三室建設は、平成二年七月三一日、原告らに何の連絡もせずに、本件土地にパワーショベルを持ち込んで水抜き用の穴堀り工事を開始し、遅くとも同年一〇月四日からは、原告らの再三にわたる工事中止の申入れを無視し、事前の工事内容の説明を全くすることなく、かつ、原告ら土地との間を遮断し、水抜き工事によって原告ら土地から地下水が流出しないよう鉄板等を埋設し、仮に地盤沈下が生じたとしても原告ら建物に損傷を与えないようこれを補強するなどの適切な工事方法をとらないまま、水抜き工事を強行した。

(6) したがって、被告三室建設は、本件被害の発生について、民法七〇九条に基づき、損害賠償責任を負う。

(二) 民法七一七条(土地工作物責任)

(1) 被告三室建設は、本件土地に下水管マンホール等を埋め込んだ。民法七一七条の土地の工作物とは、土地に接着して人工的作業を加えることによって成立した物をいい、水道工事やかんがい排水設備は工作物に当たることから、被告三室建設は、本件土地上に工作物を設置、保存していたものである。

(2) 被告三室建設は、右工作物の維持、管理のための設備を何ら施すことなく地下水を大量にくみ出すことにより本件被害を発生させている。したがって、右工作物の設置又は保存に瑕疵が存在する。

(3) よって、被告三室建設は、本件被害の発生について、民法七一七条に基づき、損害賠償責任を負う。

6  被告三室昭久(以下「被告三室」という。)の責任原因―商法二六六条の三(取締役の第三者に対する責任)又は民法七〇九条(一般不法行為責任)

(一) 被告三室は、水抜き工事実施の当時、被告三室建設の代表取締役であり、水抜き工事を強行した責任者である。

(二) したがって、被告三室は、本件被害の発生について、商法二六六条の三又は民法七〇九条に基づき、損害賠償責任を負う。

7  被告村松建設工業の責任原因―民法七一六条ただし書

(一) 被告村松建設工業は、水抜き工事着手前の平成二年九月、水抜き工事が原告ら建物に与える影響を事前に調査するなど本件土地が超軟弱地盤であることを知っていた。

(二) 原告らを含む付近住民は、被告村松建設工業に対し、本件土地一帯が超軟弱地盤であるから、たとえ一戸建ての住宅の建築であっても工事の実施に当たっては細心の注意を払うよう強く要請し、工事を開始する際には、絶対に付近住民に対して被害を及ぼさない工法を選択すること、付近住民に事前に工事の内容を説明し、付近の家屋調査をすることなどを約束させた。

(三) 被告村松建設工業は、被告三室建設に対し、自己の指揮監督関係の下で水抜き工事を注文したのであるから、被告三室建設が本件土地で水抜き工事をする際、本件被害を発生させないよう十分注意すべきであったのに、これをしなかった。

(四) したがって、被告村松建設工業は、本件被害の発生について、民法七一六条ただし書に基づき、損害賠償責任を負う。

8  損害

(一) 補修費用

(1) 原告木村 二七一七万円

(2) 原告村上 一五七二万円

(二) 転居費用 各二三二万円

原告らが原告ら建物を土台から全面修理する場合には、現在居住している原告ら建物を一時的に転居することを余儀なくされるところ、その場合の転居費用は、次のとおりである。

(1) アパート代 一八〇万円

二〇万円(部屋数四DK相当として一か月当たりの家賃)×九か月

(前家賃一か月+礼金二か月+敷金二か月+家賃四か月)=一八〇万円

(2) 荷物保管料 一二万円

一〇〇〇円(一日当たりの重量二トンの保管料)×四か月=一二万円

(3) 転居費用 四〇万円

二〇万円(一回当たりの転居費用)×二回=四〇万円

(三) 慰謝料 各五〇〇万円

水抜き工事により、原告ら建物が傾いたことから、地震による倒壊におびえたり、自宅のトイレが使用できなくなったため、一時は公園のトイレを使用せざるを得なくなったり、台所の流し台の北側の水がたまったり、南北のといから雨水があふれるなど、原告らは、日常生活に非常な不便を強いられており、右不便による苦痛を慰謝するには、五〇〇万円が相当である。

9  まとめ

よって、原告らは、被告らに対し、連帯して、被告三室建設については民法七〇九条又は七一七条に基づき、被告三室については商法二六六条の三又は民法七〇九条に基づき、被告村松建設工業については民法七一六条ただし書に基づき、原告木村については三四四九万円、原告村上については二三〇四万円及び右各金員に対する不法行為の日である平成二年七月三一日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告三室建設及び被告三室の認否

1  請求原因1は認める

2  請求原因2のうち、被告三室建設が水抜き工事を実施したことは否認する。

被告三室建設が実施した工事は、本件土地において、原告ら土地との境界から一メートルないし一〇メートル離れた箇所を深さ二メートル弱掘削したにすぎないものであるから、地下水が出るはずがない。ただ、下水管敷設等の工事に際し、掘削すると水が他から流入することがある。その際、水をくみ上げることが必要となり、その作業をしたことはある。下水管を敷設するため、堀の中に流入した水はくみ上げ終わった。

3  請求原因3は否認する。

原告ら建物には、被告三室建設が工事を開始する前、既に地盤が悪いことによる建物の傾斜、壁のひび等が顕在化していた。

4(一)  請求原因4のうち、本件土地一帯がいわゆる「マコモ層」と呼ばれる水分を大量に含んだ超軟弱地盤が広がる地域であることは不知、その余は否認する。

(二)(1)  本件土地の地表は、原告ら土地の地表より約一メートル低い。被告三室建設は、本件土地の道路等予定地を一、二メートル掘削した結果、一定の範囲で原告ら土地より二メートル以上段差のある堀ができた。ところで、原告らは、原告ら土地の地表より下方一メートル程度の土に含まれる超軟弱地盤を構成する大量の水(これは、地下水ではない。)を流出する措置を講じていなかったことから、原告ら土地から水が流出した。その結果、被告三室建設が水をくみ上げる前に、原告ら土地の深さ一メートル以内に含まれる超軟弱地盤を構成する大量の水のうち、原告ら建物の沈下体積に対応する水分は無くなっており、既に原告ら建物がその重量により不均衡に沈下し、傾く原因が生じていた。

したがって、被告三室建設が本件土地に流入し、堀に入った水をくみ上げたことと本件被害との間には因果関係がない。

(2) 仮に何らかの因果関係があるとしても、本件の工事後、原告らは、原告ら土地の不等沈下につき応急措置を施すことなく、原告ら建物が傾斜するのを放置した。したがって、原告ら建物は、本件の工事後、その重みで更に傾斜が増大したのであって、原告らが傾斜を放置した二年後の傾斜の増大分は、本件の工事との間に因果関係がない。

5(一)(1) 請求原因5(一)(1)は否認する。

本件土地について、水が出やすいことは認識していたが、超軟弱地盤であるとの認識はなかった。

(2) 同(2)ないし(4)は否認する。

(3) 同(5)は否認する。

原告ら土地からの流水に対する防止工事はしなかった。土留めはしたが、土とは別に流入する水を防御することはしていない。また、掘削工事がほぼ完了するまでに、原告ら近隣住民から工事について苦情が述べられたことはない。原告らから最初に苦情があったのは、排水口のための掘削工事が完了し、溝に流れ込んだ水をくみ上げ始めた平成二年一〇月四日ころから同月一〇日までの間である。

(二)  同(二)は否認する

被告三室建設は、大宮市及び図面のとおり工事をする義務があり、給排水管の設置の位置について、被告三室建設に選択の余地はない。また、給排水管には、何ら瑕疵がない。

6  請求原因6は否認する。

7  請求原因8は否認する。

三  請求原因に対する被告村松建設工業の認否

1  請求原因1ないし4は認める。

2(一)  請求原因7(一)は否認する。

本件土地一帯の地盤が緩いことは知っていたものの、それ以上に地質の詳細は知らなかった。

(二)  同(二)は否認する。

付近住民からのかかる要請は、地盤沈下が起きてからされたものである。

(三)  同(三)は否認する。

被告村松建設工業は、本件の工事に関する専門的知識を有さず、逆に、被告三室建設は、大宮市及び県南水道企業団の指定業者であり、その分野の専門家として当時は信頼に値すると思われ、また、被告三室建設からも、全面的に任せてほしいとの要望があったことから、当初は全面的に被告三室建設に工事を任せていた。

3  請求原因8のうち、(一)及び(二)は否認し、(三)は知らない。

四  被告三室建設及び被告三室の主張(請求原因5及び6について)

1  超軟弱地盤の所有者は、近隣における通常の建築工事や上下水工事の施行が予想されるのであるから、右地盤上に建物を維持するつもりならば、右地盤に含まれる異常な量の水が流出し、そのために土地の一部が不均等に沈むことを防止すべく適切な土地改良工事、基礎工事をする義務を負う。

原告らは、超軟弱地盤であることに気づいた時点で直ちに右工事をすべきであったにもかかわらず、自らなすべき工事を怠りながら、その敷地の通常は存在しない量の水が他に流れ、そのために地盤が沈下したとして、その損害賠償を第三者に求めるのは失当である。

2  超軟弱地盤に漫然と土盛りをした上、その地盤上に建物を建築すると、従前の超軟弱地盤は、建物の重さ以外に重さを受け、水分が他に流出し、より変形しやすくなる。ところで、原告木村は、土盛りをし、従前の状態を変更した。したがって、このような土盛りをした土地の所有者は、従前の地表の高さの隣地において通常の工事(民法二三七条二項、二三八条によると、隣地の強度は、通常予定される工事には影響されないものであることが想定されている。)を施工することに耐える強度を保持することが当然要請される。

ところが、原告木村は、何ら適切な措置を講じず、放置していたものであって、通常の土木工事をした被告三室建設に対して損害賠償請求することは許されない。

3  被告三室建設は、通常の土木工事をしたにすぎない。上下水工事は、土に含まれる水分は土とは別に流出することはないことを前提として、単に土留めのみをして実施される。本件の工事は、木造二階建て住宅に関する大宮市の基準に沿った、民法が予定する範囲内の給排水等土木工事であって、高層建築に伴うような大規模な現状変更は生じていない。

4  下請である被告三室建設が、元請である被告村松建設工業とは独自に調査した上、工法を選択するということはあり得ない。また、本件土地における排水管埋設工事に伴う事故に関して予見可能性及び回避可能性があるのは、開発許可をした大宮市であり、同市が設計者にすら何ら指示をしないのに、下請である被告三室建設に予見可能性があるわけがない。さらに、被告三室建設は、原告らが原告ら建物の敷地である原告ら土地に超軟弱地盤に見合う措置を講じていないとの認識はなかったし、認識すべき義務もない。被告三室建設及び被告三室には、不備のある原告ら土地に影響しないよう工事をしなければならない義務はない。

第三  証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)について

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(工事の実施)について

1  請求原因2の事実のうち、被告三室建設が本件土地を掘削したところ、掘削した箇所に水が流入したため、その水をくみ上げたことは、原告らと被告三室建設及び被告三室との間で争いがない。

2  請求原因2の事実は、原告らと被告村松建設工業との間では争いがない。

三  請求原因3(被害の発生)及び4(因果関係)について

1  成立に争いのない甲第一ないし第六号証、第三九号証の一ないし五五(原本の存在とも)、乙第一一号証、原告ら主張の写真であることについて争いのない甲第七号証の七、本件現場の写真であることについての争いのない甲第一七号証の一ないし三、同号証の四の一、二、同号証の五ないし一三、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七号証の二ないし四、乙第二号証、第三号証の一ないし四、被告村松建設工業との間では成立に争いがなく、被告三室建設及び被告三室との間では弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一五、第一六号証、被告三室建設及び被告三室との間では成立に争いがなく、被告村松建設工業との間では弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二〇号証の一ないし一七、第二一号証の一ないし九、被告三室建設及び被告三室との間では成立に争いがなく、被告村松建設工業との間では証人木村孝子の証言により真正に成立したものと認められる甲第四二号証、被告三室建設及び被告三室との間では成立に争いがなく、被告村松建設工業との間では原告村上本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四三号証、被告村松建設工業代表者尋問の結果におり真正に成立したものと認められる丙第一号証、証人国府田章治、同木村孝子の各証言、原告村上本人、被告三室建設代表者兼被告三室本人及び被告村松建設工業代表者の各尋問の結果、鑑定及び検証の各結果並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一)  原告ら土地及び本件土地一帯の地質等

原告ら土地及び本件土地の一帯は、地表から地下約八ないし一〇メートルまでの間、沖積世の腐植土及び砂質土が分布し、その下層が洪積世の粘性土、砂質土及び砂れきの互層となっているところ、地表部に分布する腐植土層は、自然含水比七〇〇ないし一〇〇〇パーセントを示す極めて軟弱な地質である。

原告ら土地と本件土地とは、ほぼ一直線で接し、原告ら土地は、後記のとおり原告ら建物が建築されるに当たり盛土がされ、原告ら土地の方が本件土地よりもおおむね一メートルほど高くなっている。

(二)  原告ら建物及びその基礎構造

原告ら建物は、原告ら土地上に、いずれも、昭和五六年、いわゆるべた基礎(コンクリートベた基礎)の工法で建築された。ただし、原告村上所有の建物については、べた基礎の下に木ぐいが打設してある。

原告木村所有の建物は、木造二階立ての居宅(建築面積約122.11平方メートル)で、外壁はモルタル塗り吹付けタイル仕上げとなっている。敷地の北側(本件土地との境)及び西側にはコンクリートブロック塀が設けられている。なお、原告木村は、昭和六一年四月ころ、建物が傾いたことから、その基礎部分を補修した。

原告村上所有の建物は、木造二階建ての居宅(建築面積約52.96平方メートル)で、外壁はモルタル塗りリシンかき落とし仕上げとなっている。敷地の北側、西側及び東側にはコンクリートブロック塀が設けられている。

(三)  大宮市の平成元年一一月の調査

大宮市は、平成元年九月から平成二年三月にかけて、原告ら土地の南側において、「単独第五〇号鴨川中雨水三号幹線築造工事」(以下「別件工事」という。)を実施したが、右工事に伴い、平成元年一一月、原告ら建物に関する事前調査を行った。

(1) 右調査によると、原告木村所有の建物の主な損傷は、次のとおりであったが、これらは、日常生活を営む上では特段支障を及ぼすほどのものではなかった。

ア 玄関及び和室三畳間のすき間合計二か所(幅最大約2.5ミリメートル)

イ 玄関、広縁、和室三畳間、和室六畳間及び和室八畳間のちり切れ、合計一二か所(幅最大約三ミリメートル)

ウ ダイニング・キッチン、浴室、和室六畳間、階段室、廊下、外壁、外床及び基礎部分のクラック 多数(幅最大約2.5ミリメートル、長さ最大当該部分の全長)

エ 一階和室八畳間の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約六ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約12.5ミリメートル

オ 二階和室八畳間南側の柱傾斜北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約12.5五ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約八ミリメトル

カ 一階廊下南側部分の床傾斜 西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約三ミリメートル

キ 二階廊下の床傾斜 西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一二ミリメートル

(2) 原告村上所有の建物の主な損傷は、次のとおりであった。同建物については、若干の傾斜が認められるものの、これらの損傷は、日常生活を営む上で特段支障を及ぼすほどのものではなかった。

ア 浴室、廊下、外壁、外塀、外床及び基礎部分のクラック 多数(幅最大約一二ミリメートル、長さ最大約一六四〇ミリメートル)

イ 廊下のすき間 一か所(幅約三ミリメートル)

ウ 一階和室六畳間のちり切れ 合計二か所(幅最大約二ミリメートル)

エ 一階洋室南側の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約9.5ミリメートル

オ 二階西側洋室南側の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一〇ミリメートル

カ ホールの床傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約7.5ミリメートル

キ 二階西側洋室の床傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約九ミリメートル

(四)  被告三室建設の工事請負とその実施状況

被告三室建設は、被告村松建設工業から、平成二年八月二五日、原告ら土地の北側に隣接する本件土地における造成工事及び排水支管敷設工事を請け負った。被告三室建設は、右請負契約に基づき、同年九月一〇日ころ、本件土地において、計画道路路床の掘削工事、排水管及びマンホールの敷設工事等に着手し、道路敷の切土として本件土地を約一メートル掘削した後、排水管及びマンホール敷設のため、本件土地を約一ないし1.5メートル掘削したところ、掘削箇所から大量の水がわき出てきたため、水中ポンプを使用して掘削箇所にたまった水をくみ上げ、このような工事を後記のとおり同年一〇月三一日ころまで断続的に行った(以下「本件工事」と総称する。)。

(五)  カツミ測量株式会社の平成二年九月の調査

カツミ測量株式会社は、被告三室建設が本件工事に着手した後の平成二年九月一二日、原告ら建物に関する事前調査を行った。

右調査によると、原告ら建物の主な損傷は、次のとおりであった。

(1) 原告木村所有の建物について

ア 内壁のちり切れ 多数(幅約0.5ないし2ミリメートル)

イ 内壁、外壁、犬走り及びタイルのクラック 多数(幅約0.5ないし1ミリメートル、長さ約三〇〇ミリメートルないし全長)

ウ 一階和室八畳間の柱傾斜 南側に一〇〇〇ミリメートル当たり約三ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一一ミリメートル

エ 一階北側和室六畳間の柱傾斜北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一〇ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一一ミリメートル

オ 二階和室八畳間南側の柱傾斜西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一〇ミリメートル

カ 一階北側和室六畳間の床傾斜北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一三ミリメートル

(2) 原告村上所有の建物について

ア 外壁のクラック 多数(幅約0.5ないし2ミリメートル、長さ約一〇〇ないし四〇〇ミリメートル)

イ 一階和室六畳間内壁のちり切れ四面(幅約二ミリメートル)

ウ 一階和室六畳間の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約五ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一ミリメートル

エ 一階玄関の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一六ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一ミリメートル

オ 一階洋室の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約四ミリメートル、東側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一ミリメートル

カ 一階和室の床傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一ミリメートル

(六)  原告ら建物の平成二年一〇月以降の状況

原告ら建物は、平成二年一〇月に入ると、急激に北側(本件土地側)に傾き始めた。そして、壁やコンクリートブロック塀が大きくひび割れしたり、玄関や窓の施錠ができなくなり、また、便所の排水管がずれて排水が不可能となり、便所を使用することができなくなるなどした。

被告三室建設は、原告らを含む近隣住民の反対もあって、同月三一日ころ、本件工事を中止した。

(七)  大宮市の平成二年一一月の調査

大宮市は、平成二年一一月五日、原告村上所有の建物について、別件工事の事後調査を行った。右調査によると、平成元年一一月の事前調査後に発生した右建物の主な損傷は、次のとおりであった(括弧内は、事前調査の結果である。)。

(1) 一階和室六畳間北側の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一六ミリメートル(約4.5ミリメートル)

(2) 一階和室六畳間南側の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一七ミリメートル(約九ミリメートル)、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一ミリメートル(約二ミリメートル)

(3) 一階洋室南側の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約二〇ミリメートル(約9.5ミリメートル)、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約0.5ミリメートル(傾斜なし)

(4) 二階西側洋室南側の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約二〇ミリメートル(約一〇ミリメートル)

(5) ホールの床傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一九ミリメートル(約7.5ミリメートル)

(6) 二階西側洋室の床傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約二〇ミリメートル(約九ミリメートル)

(八)  大宮市の平成四年八月の調査

大宮市は、平成四年、「市道三〇〇二三号線外一路線道路修繕工事」を始めたが、右工事に先立ち、同年八月一九日、原告ら建物に関する事前調査を行った。

右調査によると、右工事前の原告木村所有の建物の主な損傷は、次のとおりであった。

(1) 一階和室八畳間の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約三二ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約31.5ミリメートル

(2) 一階廊下の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約二五ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約28.5ミリメートル

(3) 二階和室八畳間の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約23.5ミリメートル

(4) 二階廊下北西側の柱傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約24.5ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約二二ミリメートル、

(5) 二階廊下北東側の枠傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約二〇ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約20.5ミリメートル

(6) 一階廊下の床傾斜 北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約二四ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約一五ミリメートル

(九)  原告ら建物の平成五年一一月当時の状況

(1) 原告ら建物等の状況は、平成五年一一月現在、次のとおりである。

ア 原告木村所有の建物等について

① 床の傾斜

北西の方向に傾斜している。一階北側和室六畳間の床は、北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約二五ミリメートル、西側に一〇〇〇ミリメートル当たり約三四ミリメートル傾斜している。

② 柱及び壁の傾斜

北西の方向に傾斜している。床と天井との間で最大約7.4センチメートル傾斜しており、傾斜率は、約三パーセントである。

③ 屋内外の仕上げ材の損傷

外壁は、クラックが顕著である。バルコニー、玄関ポーチ、犬走り等のコンクリート床には、すき間が生じている。

④ コンクリートブロックの沈下

北側のコンクリートブロックは、約五〇センチメートル沈下している。

⑤ 地盤の沈下

地盤の沈下の程度は、本件工事の現場である本件土地に近づくほど著しく、勝手口の外は、約四〇センチメートル沈下している。

イ 原告村上所有の建物等について

① 床の傾斜

北の方向に傾斜している。一階和室六畳間の床は、北側に一〇〇〇ミリメートル当たり約二八ミリメートル傾斜している。

② 柱及び壁の傾斜

北の方向に傾斜している。床と天井との間で最大約7.8センチメートル傾斜しており、傾斜率は、約3.2パーセントである。

③ 屋内外の仕上げ材の損傷

玄関ポーチの床に損傷があるほか、浴室の壁面に無数のクラックが認められる。外壁には、若干のクラックが認められ、一階西側の外壁は、大きく膨らみ、浮き上がっている。

④ コンクリートブロックの沈下

⑤ 地盤の沈下

建物の中心付近から急に北の方向に向かって著しく沈下しており、建物の北側の空き地は、約四〇センチメートル沈下している。

(2) 原告ら建物は、(1)の事実により、平成五年一一月の時点において、通常の生活を営むことが相当困難な状況に至っている。

2  1において認定した各事実、すなわち、原告ら土地及び本件土地の地質、原告ら建物の基礎構造、大宮市等が実施した原告ら建物に関する調査の結果、本件工事の実施の時期及び態様、本件工事後の原告ら建物の損傷状況に照らすと、請求原因3(被害の発生)の事実は、優に認められる。

3  そこで、本件工事と本件被害との間の因果関係について検討する。

(一) 1(一)ないし(三)において認定した各事実によると、原告ら土地及び本件土地の一帯が水分を大量に含有する地質であるにもかかわらず、原告ら土地は、その北側において約一メートルの段差が生じる程度に盛土がされたこと、原告ら建物は、右盛土がされた原告ら土地上に、後記のとおり建物の沈下を防止する工事を施すことなく、いわゆるべた基礎で建築されたこと、原告ら土地は、盛土及び原告ら建物の重量により建築当初から圧密沈下が生じていたこと、そのため、原告ら建物は、日常生活のレベルにおいては極めて徐々にではあったが、主として北側に傾斜し、平成元年一一月当時、1(三)において認定した損傷が生じるに至っていたことの各事実が認められる。

(二) (一)において認定した経過の中で、1(四)において認定したとおり、原告ら土地の北側に隣接する本件土地において、本件工事が前示のような態様で実施され、本件土地における掘削機の振動、衝撃及び水のくみ上げにより、原告ら土地中の水が本件土地側に流入し、そのため原告ら土地がそれまでよりもはるかに急速に沈下し、その結果、本件被害の発生に至ったものであることが推認される。

(三) そうすると、本件工事と本件被害との間に因果関係があるものというべきである。

4  3の判断に関連する若干の事実並びに被告三室建設及び被告三室の主張について検討する。

(一)  本件工事が実施される直前に、別件工事が実施されたことは、1において認定したとおりである。しかし、別件工事は、原告ら土地の南側で実施されたものであり、前示の原告ら土地の地盤沈下が本件土地に近づくほど著しい事実に照らすと、別件工事の実施の事実は、3の判断を妨げるものではない。

(二)  1において認定した各事実、特に同(八)及び(九)の各事実によると、原告ら建物の傾斜等の損傷は、本件工事が中止された後も拡大していることが認められる。しかし、前示の各事実からすると、右損傷の拡大は、本件工事の実施が大きく影響していると解されるから、この事実もまた3の判断を妨げるものではない。

(三)  被告三室建設及び被告三室は、原告らが原告ら土地の軟弱地盤を構成する水を流出させておく措置を講じておかなかったため、被告三室建設において本件土地の道路等予定地を掘削してできた堀に原告ら土地の軟弱地盤を構成する水が流れ込み、その結果、被告三室建設が水をくみ上げる前に、既に、原告ら土地が沈下し、原告ら建物が傾斜する原因が生じていたのであって、被告三室建設が水をくみ上げたことと本件被害との間には因果関係がない旨主張する。

なるほど、原告ら土地が水分を大量に含有する土地であることにかんがみると、原告らにおいて、原告ら土地を構成する水をあらかじめ他に流出させておき、又はこの水が他に流出しても原告ら建物に悪影響が及ばないような措置を講じておけば、本件被害の発生には至らなかったものと考えられる。

しかし、原告らがこのような措置を講じておくべきであったか否かの点(なお、この点については、後述する。)は、本件工事と本件被害との間における因果関係の存否そのものとは無関係である。したがって、右の点は、前記3の判断を左右しない。

5  原告らと被告村松建設工業との間においては、請求原因3及び4の各事実は、争いがない。

四  請求原因5(一)(被告三室建設の責任原因―一般不法行為責任)について

1  前掲甲第一ないし第六号証、第七号証の二ないし四、第七号証の七、第一五、第一六号証、第一七号証の一ないし三、同号証の四の一、二、同号証の五ないし一三、第二〇号証の一ないし一七、第二一号証の一ないし九、第三九号証の一ないし五五、第四二、第四三号証、乙第二号証、第三号証の一ないし四、第一一号証、丙第一号証、成立に争いのない甲第三七号証、被告村松建設工業代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる丙第二号証の一、二証人国府田章治、同木村孝子の各証言、原告村上本人、被告三室建設代表者兼被告三室本人(ただし、後記信用しない部分を除く。)及び被告村松建設工業代表者(ただし、後記信用しない部分を除く。)の各尋問の結果、検証及び鑑定の各結果並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一)  被告三室建設の営業目的、被告三室の資格等

被告三室建設は、昭和四六年に設立された土木建築の請負等を目的とする株式会社であるが、近年は専ら水道工事を手掛けており、大宮市及び県南水道企業団の指定業者であった。また、被告三室建設の代表取締役である被告三室は、二級土木管理士等の資格を有し、約四〇年間、土木工事に携わっているところ、本件土地の近くに居住しており、本件土地及び原告ら土地一帯の地質が軟弱であり、原告ら土地上に住居が存在することは知っていた。被告三室建設の従業員は、本件工事の当時、四名であり、そのうち、土木工事に関する資格を有する物は、一名であった。

(二)  訴外会社と被告村松建設工業との間の請負契約の成立等

訴外会社は、本件土地上に中高層マンションを建築することを計画した。それを知った近隣住民は、前記のとおり本件土地一帯が軟弱地盤であることから、右マンション建築工事の影響による家屋の損傷をおそれ、右計画に反対した。訴外会社は、近隣住民と話し合い、計画を一戸建て住宅九棟の建築に変更した上、被告村松建設工業とともに、原告らを含む近隣住民との間で、平成元年一一月ころ、工事を開始する前には工事について近隣住民に説明し、事前の家屋調査を実施して、工事の実施により近隣住民に被害を及ぼさないようにする旨約束した。そして、訴外会社は、被告村松建設工業に対し、平成元年一二月二二日、本件土地の宅地造成を注文した。

(三)  被告村松建設工業の被告三室建設に対する土木工事の注文等

被告村松建設工業は、土木工事が専門でなかったことから、被告三室に対し、右工事の下請を打診した。被告三室は、被告村松建設工業に対し、「本件土地は地元であるから当社にすべて任せてもらいたい。」などと述べて下請に積極的であった。そこで、被告村松建設工業は、被告三室建設に対し、平成二年八月二五日、本件土地における造成工事及び排水支管敷設工事を注文した。被告村松建設工業は、その際、被告三室建設に対し、訴外会社から受け取っていた開発許可の申請に係る書類一式(甲第三九号証の一ないし五五)及び地質報告書(丙第一号証)を交付するとともに、工法の選択を一任した。

右地質報告書には、本件土地及び原告ら土地一帯が非常に軟弱な地盤であること、盛土及び掘削に当たっては周辺地盤への影響が懸念されるため十分な注意が必要であること、地盤の地表部に分布する腐植土層については、地耐力をほとんど期待することができず、新たな荷重による圧密沈下、広域地盤沈下等の問題点があることなどが指摘されていた。被告村松建設工業も、前記各書類を見て、本件土地の地質が極めて軟弱であることは知っていたが、被告三室建設に対し、工法の選択、地盤沈下に対する防止措置等について、特段指示することはもちろん、工法、地盤沈下に対する防止措置等について説明を求めて確認するようなこともしなかった。

(四)  本件工事着手前の調査等

被告三室は、本件工事を開始するに先立ち、被告村松建設工業とともに、平成二年九月八日、原告らを含む近隣住民に対し、工事開始のあいさつ回りをしたところ、原告らから、訴外会社及び被告村松建設工業との間の前記約束を履行するよう強く言われた。そこで、被告村松建設工業は、被告三室から紹介されたカツミ測量株式会社に対し、原告ら建物の事前調査を依頼した。しかしながら、被告村松建設工業は、それ以上に、被告三室建設に対し、工法、地盤沈下に対する防止措置等について説明を求めて確認するようなことはしなかった。

(五)  腐植土層における標準的工法

ところで、腐植土層における標準的な工法は、第一に、山留めを施すとともに、側壁からのわき水を十分に防ぐことのできる鋼矢板(シートパイル)をできる限り深く根入れすること、第二に、底部からのわき水を防ぐためにコンクリート板(水中コンクリート・鉄筋入り)を打ち込むこと、第三に、掘削した箇所については、その日のうちに埋め戻しておくことであり、この工法によると、本件土地において土木工事を実施しても、原告ら土地の地盤沈下は避けることができた。

右のような工法は、土木建築において特別高度な知識、経験を必要とするものではなく、通常の土木建築業者であれば、このような知見を有しているものということができる。

(六)  被告三室が採用した工法等

ところが、被告三室は、右工法を採用せず、本件土地において、山留め及び鋼矢板を施すことなく、素掘りをした上、わき出た水をくみ出すという「素堀り釜場排水工法(オープンカット工法)」を採用することとして、平成二年九月一〇日ころ、本件工事に着手した。本件土地において素堀りをすれば水がわき出てくることは明らかであり、地盤沈下の原因となるおそれが多分にあり、腐植土層において右工法を採用することは、地盤の不等沈下を招く点において、極めて粗雑な方法である。

なお、被告三室は、本件工事に当たり、工事現場にしばしば赴いて作業に従事していた。

(七)  原告らの苦情等

被告三室及び被告村松建設工業は、原告らを含む近隣住民から、本件工事に着手後間もなく原告ら建物が傾斜したため、平成二年一〇月一〇日ころ、本件工事の中止を求められ、本件被害の処理等をめぐる近隣住民との会合に出席した。被告村松建設工業は、近隣住民の苦情に基づき、新たに現場監督(ただし、土木の専門家ではなく、建築士であった。)を派遣するようになったが、同月末まで、被告三室建設に対し、本件工事の中止を強く求めるようなことはしなかった。

(八)  原告ら建物の建築工法

原告ら建物が建築された昭和五六年当時、原告ら土地の地質が極めて軟弱であることは周知の事実であったから、基礎構造については、いわゆるべた基礎を避け、強固な地盤に至るまでコンクリートパイルを打設する「杭地業」工法等を採用していれば、本件工事の実施によっても、本件被害にまでは至らなかったものと推認される。

ところが、原告ら建物は、べた基礎で建築されている。もっとも、原告村上所有の建物については、べた基礎の下に木ぐいが打設してあるが、これとても強固な地盤に至らない長さの松くいと考えられ、地盤沈下の防止策として効果を発揮しているものともいい難い。そして、原告ら土地は、北側の本件土地との境界付近において約一メートルの盛土によるかさ上げがされた上、原告ら建物が建築されたことにより、これらの荷重によって本件工事の実施前から徐々に不等沈下していたところ、原告ら建物が、右のとおりべた基礎であったため、その影響を免れることができず、本件工事の実施前、既に原告ら建物に損傷が生じていた。

また、原告ら土地と本件土地との境界付近に原告らがそれぞれ設置したコンクリートブロック塀も、単にコンクリート基礎の上にコンクリートブロックを載せた構造にすぎないため、沈下が著しい。原告ら土地の前記地質からすると、底盤(フーティング)を付けたL型基礎で木ぐいを打設するなどの工法を採用していれば、本件工事の実施にかかわらず、沈下は相当程度避けることができたものと推認される。

2  被告三室建設の過失について

(一) 1及び三1において認定した各事実を総合すると、被告三室建設は、本件土地一帯の地質が極めて軟弱であり、かつ、原告ら建物が本件土地に近接して存在することを知っていたこと、したがって、土木建築業者である被告三室建設は、本件工事に先立ち、原告ら建物の基礎構造についても十分調査を行い、原告ら建物がべた基礎で建築されていることが判明したとき(なお、このことは、右調査を行えば容易に知ることができたと考えられる。)は、本件工事によって本件被害が発生することを予見し、これを回避するため、右地盤に適合する前示工法を採用すべきであり、かつ、採用することが十分可能であったことが認められる。

(二) したがって、被告三室建設は、土木工事の専門業者として、本件工事に先立ち、本件土地付近の地質、原告ら建物の基礎構造等を調査した上、当該地質に最も適合し、付近の建物に被害を及ぼすことのない工法を採用するとともに、仮に被害が発生したときは、いったん工事を中止し、さらに適切な方策を講じなければならない注意義務があったものというべきである。

(三) ところが、前示のとおり、被告三室建設は、漫然地盤沈下のおそれはないものと軽信し、原告ら建物の基礎構造について調査せず、「素堀り釜場排水工法」によって本件工事を実施し、原告らを含む近隣住民から、地盤沈下によりその建物に被害が生じているとの抗議を受けたにもかかわらず、その後相当期間工事を続行したのである。

(四) したがって、被告三室建設は、本件被害の発生について過失があるといわざるを得ない。

3  1及び2の認定又は判断に反するかのような証拠及び被告三室建設の主張について

(一)  被告三室建設代表者兼被告三室本人尋問の結果中には、被告三室建設は、本件工事に際し、被告村松建設工業から、前記地質報告書(丙第一号証)の交付を受けていない旨の供述部分があるが、前示の被告三室建設が被告村松建設工業から本件土地における土木工事を請け負うに至った経緯に照らすと、にわかに信用することができない。

仮に、被告三室建設が右地質報告書の交付を受けていないとしても、前示のとおり、被告三室建設は、本件土地一帯の地質について、その詳細はともかく、至って軟弱であること、そして、原告ら建物が本件土地に近接して存在すること及び原告ら土地と本件土地との地形状況を知っていたのであるから、土木工事の専門業者としては、2(二)の注意義務があったことは明らかである。したがって、仮に被告三室建設が右地質報告書の交付を受けていなかったとしても、2の過失に関する判断を左右するものではない。

(二)  被告三室建設代表者兼被告三室本人尋問の結果中には、被告三室建設がマンホールの敷設に際して鋼矢板を施した旨の供述部分があるが、右供述部分は、それ自体あいまいな点が多いばかりでなく、被告三室建設代表者兼被告三室本人が「鋼矢板は人がいなくなれば抜く。」などと極めて不自然な供述をしていることに照らして信用することができない。

(三)  被告三室建設は、下請としては、元請の指示どおりに工事を実施するほかないので過失はない旨主張する。

しかしながら、前示のとおり、被告三室建設は、被告村松建設工業から、本件土地における土木工事一切を請け負ったところ、その工法について、被告村松建設工業との間で格別の定めをしたものではなく、被告三室建設が自己の判断で前記工法を採用したのであるから、被告三室建設の右主張は、その前提を欠き、失当である。

(四)  被告三室建設は、本件土地における土木工事に伴う事故に関して予見可能性(義務)及び結果回避可能性(義務)があるのは、開発許可をした大宮市であり、同市が工法等について一切指導をしていない以上、下請である被告三室建設には予見可能性(義務)がないと主張する。

しかしながら、前記注意義務は、被告三室建設が土木工事の専門業者として当然に負担すべきものであるから、開発許可をした大宮市から工法等について何ら指導を受けなかったことを理由として、本件被害に対する責任を免れることはできない。

(五)  被告三室建設は、超軟弱地盤の所有者としては、近隣における通常の土木工事等の実施が予想されるのであるから、右地盤上に建物を維持するつもりならば、適切な土地改良工事、基礎工事等をする義務を負い、右義務の履行を怠りながら、通常の土木工事を実施した第三者に対して損害賠償を求めるのは失当であると主張する。この点については、既に1において認定したとおり、原告ら土地の地質からして、その上に建築される建物の基礎構造については、べた基礎を避け、「杭地業」工法等で工事されるべきであったにもかかわらず、原告ら建物はべた基礎で建築されており、また、原告ら建物の基礎部分がいわゆるべた基礎でなく「杭地業」工法等で工事されていれば、本件被害の発生までには至らなかったのである。

しかしながら、他方、前示のとおり、被告三室建設は、本件工事のような工事の専門業者である上、本件工事の当時、本件土地一帯が極めて軟弱な地盤であり、かつ、原告ら建物が本件土地に近接して存在することを認識していたこと、本件土地における土木工事に当たり、被告三室建設がそのような地盤において通常選択される標準的な山留め工法を採用していれば、本件被害の発生を十分防ぐことができたことの各事実が認められ、また、原告ら建物が本件土地に近接して存在することを被告三室建設において認識していた以上、原告ら建物の基礎構造について十分に調査することは、土木工事の請負人が負うべき当然の注意義務であるというべきであることをも考え合わせると、原告ら建物の基礎部分の欠陥は、損害の算定に当たって考慮されるべきは格別、この点をもって被告三室建設の責任を否定することは到底できない。

五  請求原因6(被告三室の責任原因)について

1  四1において認定したとおり、被告三室は、被告三室建設の代表取締役であるが、二級土木管理士等の資格を有し、約四〇年間、土木工事に携わっているところ、本件土地の近くに居住していることもあって、本件土地及び原告ら土地一帯の地質が軟弱であり、原告ら土地上に住居が存在することは知っていたこと、被告村松建設工業から、前記地質報告書(丙第一号証)の交付を受けて、本件土地一帯が極めて軟弱な地盤であることの資料が開示されていたこと、被告三室は、本件工事の開始に当たり、原告らを含む近隣住民にあいさつにいった際、原告らから、工事により近隣住民に被害を及ぼさないように注意するよう念を押されていたこと、それにもかかわらず、被告三室は、原告ら建物の基礎構造について何らの調査をしないまま、軟弱な地盤において通常選択されるべき工法ではなく、本件土地のような地盤においてはたやすく採用してはならない工法を選択した上、工事着手後も付近の地盤や建物への影響について監視することを怠り、漫然地盤沈下のおそれはないものと軽信して本件工事を続行し、その結果、本件被害の発生に至ったことの各事実が認められる。

2  右の事実関係からすると、被告三室は、取締役がその職務を行うについて重大な過失があったものというべきであるから、商法二六六条の三の規定に基づき、原告らが本件被害により被った損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当である。

六  請求原因7(被告村松建設工業の責任原因)について

1 四1において認定した各事実によると、被告村松建設工業は、土木工事については専門的知識を有していなかったとはいえ、本来、本件のような宅地造成工事を請け負うに際しては、近隣の住民や工作物等に対し、被害を及ぼすことのないよう細心の注意を払うべきことは条理上当然のことであり、その工事の一部を下請するに当たっても、下請業者が右のような事態を発生させることがないよう十分に指揮監督すべき義務があることは、本件工事を含む工事の請負人としてもとより当然である。しかして、被告村松建設工業は、本件工事に先立ち、近隣住民との話合い、地質報告書等により本件土地一帯が極めて軟弱な地盤であることは十分認識していたのであるから、被告三室建設が原告ら土地に隣接する本件土地において不適切な掘削工事を実施すれば、原告ら土地に影響を及ぼし、ひいては原告ら建物に重大な悪影響をもたらすおそれのあることは容易に予想することができたというべきである。

2 1に指摘した諸点を考え合わせると、被告村松建設工業は、被告三室建設に対し、本件土地における土木工事を注文するに際し、また、工事の実施中においても、原告ら建物に対する損傷を防止するよう適切な指示を与え、又は被告三室建設からその採用する工法について具体的な説明を受けて原告ら建物に対する損傷の防止措置が十分に施されているか否かを検討し、これが不十分な場合には確認すべき注意義務を負っていたものと解するのが相当である。

ところが、被告村松建設工業は、被告三室建設に対し、漫然工法の選択を一任し、原告ら建物の基礎構造についても十分に調査するよう指示したり、被告三室建設が採用した工法の安全性について説明を受けてこれを検討、確認することを怠り、被告三室建設が本件工事を実施するのを黙過したのであるから、注文者として注文又は指図について過失があったものといわなければならない。

3  なお、被告村松建設工業代表者尋問の結果中には、被告村松建設工業は、原告らを含む近隣住民との間で、工事を開始する前には工事について近隣住民に説明し、事前の家屋調査を実施して、工事の実施により近隣住民に被害を及ぼさないようにする旨約束したことはない旨の供述部分があるが、右供述部分は、証人木村孝子の証言に照らしてたやすく信用することができない。

七  請求原因8(損害)について

1  修復工事費用

(一)  三において詳細に判示したとおり、原告ら土地は、本件工事前においても徐々にではあるが不等沈下が生じており、その結果、原告ら建物にもある程度損傷が生じていたが、その損傷の程度は、本件工事によって急速に増大し、現在では、原告ら建物において通常の生活を営むことは、相当困難な状況に至っている。

(二)  そこで、原告ら建物(コンクリートブロック塀を含む。)の前記損傷の補修又は修復についてみるに、証人国府田章治の証言、検証及び鑑定の各結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 原告ら建物は、その基礎構造がいわゆるべた基礎であるため、本件工事の影響により、原告ら土地の沈下に伴って不等沈下し、これをほぼ水平に修復することは困難であり、基礎を解体せざるを得ない(特に、原告村上所有の建物は、基礎に木ぐいが打設されているため、解体が不可避である。)。また、原告ら建物の基礎の解体撤去のためには、建物の土台から上の部分を移動させなければならないが、その空き地を確保することができないため、建物自体も解体撤去せざるを得ない。結局、地盤を補強して、建物を再建築することとなる。

(2) 原告ら建物を右のような方法により修復するためには、修復の特質上、骨組、屋根、建具等はできる限り再使用すべきであるが、原告ら建物は建築後既に十数年を経過していることから、再加工等を要しないでそのまま再利用することができるものは多くない。

(3) 右のような方法によって修復する場合に、これに要する工事費用は、建物の解体工事、仮設工事、基礎工事、木工事、屋根工事、板金工事、タイル工事、左官工事、金属製建具工事、木製建具工事、塗装工事、内装工事、雑工事、給排水衛生ガス設備工事、電気設備工事、冷暖房工事の各工事費、北側コンクリートブロック塀新設費用及び諸経費を合計すると、おおむね、原告木村所有の建物については二七〇〇万円、原告村上所有の建物については一五七〇万円となる(もっとも、右のような修復工事をするに当たっては、原告ら土地が極めて軟弱な地盤であることにかんがみ、今後同程度の損傷が生じないようにするためには、強固な地盤に至るまでコンクリートパイルを打設する「杭地業」工法等を採用すべきであるが、この費用は、本件被害に伴う修復工事費用には包含されるべきものではない。また、前掲甲第二〇号証の一〇、一一及び原告村上本人尋問の結果によると、別件工事の実施の結果、原告村上所有の建物は、その敷地の南端の外床部分がひび割れしたり、東側及び南側のコンクリートブロック塀が破損するなどの損傷を受けたこと、原告村上は、大宮市から、右各損傷の修復費として一〇万二四八五円を受領していることの各事実が認められるが、右外床部分並びに東側及び南側のコンクリートブロック塀の修復に要する工事費用は、本件被害に伴う損害には当たらないから、右金員の受領は、前記認定を左右するものではない。)。

(三)  ところで、(二)の冒頭に掲記の各証拠によると、前記のような修復工事によって再利用可能な材料を極力使用するとしても、その額は、全材料費を含む工事費用額からすると、比較的小さく、再建築される建物は、耐用年数等からみて、新築建物に準じるものと考えられる。しかるに、本件工事直前の原告ら建物は、前示のとおり、建築後十数年を経過しており、かつ、その間に地盤の不等沈下により、三1(三)において認定した傾斜等の損傷が生じており、本件工事がなくとも、このような傾斜は、その後も徐々にではあるが進行することが予想される状況にあったことをも併せ考えると、本件工事によって原告らが原告ら建物に居住することが困難になったことに伴い被った損害は、(二)の金額のそれぞれ六割に相当する額、すなわち原告木村所有の建物については一六二〇万円、原告村上所有の建物については九四二万円であると認めるのが相当である。

2  転居費用等

前示のとおり、原告ら建物の修復のためには、原告ら建物をいったん解体の上再建築する必要があることから、原告らは、その修復までの間、転居を余儀なくされるところ、鑑定の結果によると、修復に要する工期は、原告木村所有の建物については七か月間、原告村上所有の建物については五か月間であることが認められる。

そうすると、この間の原告らの暫定的住居としてアパート等の賃料相当額一か月二〇万円(部屋数四DK相当。礼金及び敷金を含む。)及び転居費一回当たり二〇万円をもって、転居に伴って生じる費用と認めるのが相当である。したがって、本件工事と相当因果関係のある損害と認められる転居費用等は、原告木村について一八〇万円、原告村上について一四〇万円となる。

なお、原告らは、荷物保管料をも請求するが、原告らの家財道具も転居先に移転するのが通常であることに照らすと、前記費用のほかに、荷物保管料の支出をも特に必要とするとは考えられず、また、右支出が本件工事と相当因果関係のある損害と認めるに足りる証拠もない。

3  慰謝料

前掲甲第七号証の三、四、第四二、第四三号証、証人木村孝子の証言及び原告村上本人尋問の結果によると、原告ら建物は、本件工事により大きく傾斜し、排水管がずれて一時便所を使用することができなくなったり、玄関や窓の施錠もできなくなり、また、原告木村にあっては、傾斜がひどいために現在一階東側の六畳間及び台所のみの使用を余儀なくされていることが認められる。右各事実のほか、本件にあらわれた一切の事情を総合勘案すると、本件工事によって原告らが被った精神的苦痛に対する慰謝料額は、原告ら各自につき各一〇〇万円が相当である。

4  小計

以上によると、原告らが本件工事によって被った損害額は、原告木村にあっては一九〇〇万円、原告村上にあっては一一八二万円となる。

5  損害賠償額の限定

(一) 被告三室建設の実施した本件工事は、その実施に当たり、本件土地の付近一帯が軟弱地盤であるがために、被告らにおいて、四ないし六において判示した注意義務を負担するものではあるが、軟弱地盤である点を除外すれば、本件工事自体は、格別大規模又は異例のものではなく、原告ら建物と同程度の住宅を建築する際に通常行われる工法の域を出ないものである。

(二) 他方、既に再三述べたとおり、原告ら建物が原告ら土地上に建築された当時、原告ら土地一帯の地質が極めて軟弱であり、かつ、少なくともこの地域において周知の事実であったのであるから、このような土地上に建物の建築を注文された建築業者としては、当然地質調査を実施した上、基礎構造については、隣接する本件土地等において普通の住宅を建築するに際して行われる程度の各種工事により、たやすく悪影響が生じないような工法を採用すべきであり、このような工法を採用していれば、本件工事の実施によっても、本件被害のような重大な被害が発生するまでには至らなかったのである。

(三) ところが、前示のとおり、原告ら土地は、本件工事の実施前から、盛土及び原告ら建物の荷重によって不等沈下が生じていたところ、原告ら建物は、べた基礎で建築されていたため、その影響を免れることができず、本件工事の実施前において、既に損傷が生じていた。

また、原告ら建物のコンクリートブロック塀についても、単にコンクリート基礎の上にコンクリートブロックを載せた構造になっているため、沈下が著しいところ、他の工法を採用していれば、沈下は相当程度避けることができたものといえる。

(四) さらに、原告ら建物の基礎構造がべた基礎であったことから、本件工事により傾斜した原告ら建物を修復するためには、原告ら建物をいったん解体の上再構築する必要を生じ、前記のような多額の費用を要するに至ったものである。したがって、原告ら建物の「べた基礎」の基礎構造は、原告らが本件工事により被った損害の拡大の原因となっていることは明らかである。

(五) (一)ないし(四)の諸事情を考慮すると、本件工事と本件被害との間に因果関係はあるものの、原告らに生じた前記損害の全額を被告らに負担させることは、当事者間の公平の見地からみて相当ではない。そこで、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の拡大等の原因となっている前記原告ら建物の基礎構造を勘案すると、本件工事により原告らが被った損害のうちその三割を減額して被告らに負担させるのが相当である。

したがって、被告らに負担させるのが相当な損害賠償額は、原告木村については一三三〇万円、原告村上については八二七万四〇〇〇円となる。

八  結論

以上によると、原告らの本訴請求は、被告らに対し、連帯して、原告木村については一三三〇万円、原告村上については八二七万四〇〇〇円及び右各金員に対する不法行為の日である平成二年一〇月三一日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清野寛甫 裁判官梅津和宏 裁判官小林邦夫)

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